プロフィール(PROFILE)

タップダンサー鶴 敏弘(Toshihiro Tsuru)

佐賀県佐賀市在住タップダンサー

佐賀県佐賀市を拠点とし、タップダンスレッスン、タップダンス振付依頼、舞台、音楽ライブ出演など活動中。

自身の企画タップダンスと生演奏によるライブ(Steppin Jazz)は通算5回目開催し、地元佐賀県や福岡県などで大盛況。

佐賀市文化・芸術人材バンク(アーティスト)登録
佐賀市文化・芸術人材バンク

タップダンス活動履歴

タップダンスレッスン

・佐賀市のタップダンスチームのタップレッスン。
・佐賀県佐賀市にてタップダンスレッスンを開講。(個人、学校、団体様レッスンも対応可能)

タップダンス舞台、ライブ出演

・ストリートダンスコンテスト(ネッツ佐賀 bBダンスコンテスト)出演
・音楽イベント「みつせポップジャム」出演
・佐賀新聞文化センター発表会出演
・第3回佐賀市民芸術祭出演
・佐賀市浪漫座、大牟田三池港倶楽部にて自主企画タップダンスとJazz生演奏ライブ(Steppin'Jazz)企画出演
 他多数出演

自身の今までのタップダンス活動について

タップダンスを始めたきっかけ

タップダンスを始めたのは27歳の時、始めた場所は東京。

18歳で就職し、25歳まで東京でSE(システムエンジニア)としてサラリーマンを経験。この時代はバブル絶頂期で、もの凄い激務をこなし、毎日夜中まで残業するという人間以下の生活を送る。

あまりに激務に体調を壊し入院。検査した結果、重症な胃潰瘍と診断され、「このままこの仕事を続けていけば、胃がんになる可能性がある」との医者の言葉にショックを受ける。

病院のベットの中で、今後の生き方を考え「いったんシステムエンジニアの仕事を止め、30歳まで自分の好きなことを探そう」思い、サラリーマンを退職。

25歳から色んなアルバイトを経験しながら、自分の生きがいを探す生活が始まり、27歳の時にアルバイトで知り合った友人から「ミュージカルに出演するから観に来てくれ」と言われ、まったく興味がなかったが(笑)、とりあえず見に行ったら、ここで自分の一生の生きがいが見つかった。

友人が生き生きした姿で踊っているタップダンスを観た時、「自分もやってみたい!!」と直感で思った。

もともと打楽器が大好きで、ドラムやパーカッションには興味があった。

カッコよく踊りながら、リズムサウンドを鳴らすタップダンスに衝撃を受け、「俺もやってみよう!」思い、タップダンサーになる為の第一歩がスタートした。

初めてのタップダンスレッスン受講

27歳でタップダンサーを目指すためのスタートを切り、まずはタップダンススタジオを探した。

東京は色んなタップダンススタジオがあり、正直迷ったが、とりあえず手当たり次第電話をかけ、対応がよさそうなスタジオを見学。

某有名な女性タップダンサーの先生から「3か月後に舞台があるから一緒に出ない?」と声をかけられ、「3か月レッスン受ければ舞台に出れる?」との安易な考えでこのスタジオに決め、タップダンスレッスルを開始。

3か月後の舞台出演を目指し、全くダンス経験ない自分を、タップダンスの基本のステップから厳しくまた丁寧に教えてくれた先生に感謝。

もちろんその他大勢のいちタップダンサーして出演し、嬉しかった。

このスタジオでは約4年間お世話になったが、自分のタップダンス技術が伸び悩んでいる時期だったので、「もっとレベルが高いスタジオで修業してみたい」と考え、この時代ではトップクラスのタップダンススタジオに移った。

タップダンスの修業の場

もの凄くレベルが高いタップダンスプロ養成スタジオに飛び込み、レッスンを受けている生徒の技術に衝撃を受けた。

タップダンス歴1年の生徒に技術的に負けている自分。このスタジオの先生からも「4年もやっているの?」とビックリされた。

プロを目指している生徒たちのタップダンスにかける情熱が凄く、レッスンが終わった後も自主練をするという、とにかく今まで習っていいたタップダンススタジオとは、環境の違いに驚いた。

4年もやっていたのに、とにかく基本のステップが全くできていない。

とにかく周りのダンサーに影響を受け、自分もアルバイト以外はタップダンス漬けの生活を送った。

毎日、通常レッスンの他に、自主練で基本のステップを3~4時間スタジオにこもって繰り返し練習を行い、ようやくこのスタジオのレッスンにもついていけるようになった。

約4年間修業したが、このスタジオの舞台には出演することは出来ませんでした。自分より上手い生徒ばっかりだったので、仕方がないと思った。

たまたま、自分の友人のタップダンサーの舞台にソロダンサーとして出演が決まり、内緒で先生が踊っている所を観に来られ、後日「良かったよ」と感想を言われた時、今まで頑張ってきて良かったと思った。

もっと上手くなりたいいう気持ちが出てきて、アメリカの本場ニューヨークでタップダンスのレッスンが受けたいと思い、単身渡米を決意。

アメリカニューヨークでのタップダンス修業

34歳で学生ビザを取得し念願のダンス留学。とりあえず期限を決め、本場のレッスンを受けまくった。

レッスンはBroadway Dance Center(ブロードウェイダンスセンター)とSTEPS on Broadway(ステップスオンブロードウェイ)の2スタジオを中心に、有名なタップダンサーのワークショップが開催されれば、そのレッスンも受けるというダンス漬けを送った。

日本ではレッスンを受けることが出来ないタップスタイルを学びたかったので、この当時盛り上がっていたトニー賞を受賞したタップダンスのブロードウェイミュージカルミュージカル「ノイズアンドファンク(Bring in 'da Noise, Bring in 'da Funk)セイヴィオン・グローバー(Savion Glover)主演」の出演キャストがレッスンを行っていたので、このダンサーのレッスンを中心に受け、今まで聴いたことが無いリズムサウンドに興奮。

Bring in 'da Noise, Bring in 'da Funkのサウンドを堪能できます。

あと、リバーダンス、ノイズアンドファンク、ストンプ、Savion Glover自主企画公演など本場ミュージカル鑑賞も堪能。

1年間充実した生活を送り、帰国。

佐賀に帰佐しタップダンス活動

これからタップダンス活動を模索中に、実家佐賀に住んでいる父親から「佐賀に帰ってこないか?」と言われ「ちょっとタップダンス漬けから離れて休んでからまた活動再開しよう」と思い、3ヶ月間だけ佐賀に帰ろうと思い、生まれ故郷の佐賀に帰佐。

佐賀でダンススタジオのオーナーと知り合いになり、東京ではなく佐賀でタップダンス活動を再開。

今まで習ってきた基本ステップの踏み方など優しくかつ厳しくレッスンを行っています。

まさか自分がタップダンスを教える立場になるとは思わなかったので、東京でのレッスンやもくもくと自主連をしてきたことが報われたと思った。

現在の目標は、家族(妻と子供)でタップダンスの舞台に出演すること。